Jazz platz ジャズプラッツ

ジャズプラッツでライブを楽しみませんか

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渋谷さんを紹介するのに、なかなか書けなくて困っています。
書く内容は、おそらく、どのミュージシャンよりもたくさんあって、ありすぎて、私の中でまとまらないというか、核心がつかめなくて、そのせいで、ライブまでもう一か月もないのにモタモタし、困っています。

ウェブ上にあふれている渋谷さんの音楽歴を写せば、日本を代表するジャズピアニスト、1960年代から1970年代は作曲家、編曲家として歌謡曲、映画、CMなどの音楽を数多く手がけ、NHK番組「おかあさんといっしょ」にも曲を提供し、由紀さおり、相良直美、森山良子、浅川マキたちにも曲を作曲した人、編曲では坂本九の「見上げてごらん夜の星を」、由紀さおりの「夜明けのスキャット」など、ジャズを知らなくても、この歌はみんな知っているというような曲を多数編曲した人、です。

ジャズでは、「Essential Ellington」で、スイングジャーナルの第33回ジャズ・ディスク大賞・日本ジャズ賞を受賞(1999年)、森山威男とのデュオ作品で第35回ジャズ・ディスク大賞・日本ジャズ賞と芸術祭優秀賞を受賞(2001年)、映画音楽では「嫌われ松子の一生」で第30回日本アカデミー賞・最優秀音楽賞を受賞(2007年)と、まるでキラキラ星のような経歴です。

輝く星のような経歴も、渋谷さんご本人に語らせると色合いがずいぶん変わってきます。「ピアノをやめた理由は一身上の都合で、といったもので、その結果作曲編曲に専念することになったのだから悪いことではなかった・・・ジャズが好きだったからピアノを弾いたり、またいずみさんの手伝いをしたり、そういったことを繰り返して、ピアノをやめてからは編曲に専念するようになった・・・ある時、そろそろ曲(歌)を書いてみないかといわれた。最初はふ~んと思っただけだったけれどやってみて驚いた。まるで書けない。どうやっていいのかわからない。なんとか作っていずみさんに見てもらった。ふ~ん、とこんどはいわれる番だ。それでも「いいじゃない」といわれた時はうれしかった」と、Face Bookの「ピアニスト渋谷毅」で語っています。

いずみたくさんと中学生の頃からの知り合いということもあり、渋谷さんは30代半ばまでいずみたく事務所でいろいろな仕事をされたようです。本格的にジャズに復帰されたのは1975年にトリオを結成された時ということになるのでしょうか。その後1986年には渋谷毅オーケストラの結成、1999年には3管とピアノという変わった編成でエリントン曲を演奏する「渋谷毅Essential Ellington」を開始して、両方ともに今日に至るまで続いています。
こうして渋谷さんの経歴を書き連ねていると、精力的に音楽の領域を広げる活動的な音楽家というイメージを読む人に与えそうで、渋谷さんの実像と雰囲気とはどんどん離れていく違和感を覚えてしまいます。

私が知っている渋谷さんは、ピアノがそこにあるからその前に座り、やおら静かに手を動かし、時に足を組んで下になった足でペダルを踏みながらさり気なく弾き続けるピアニスト、です。演奏する曲の世界に入り込んで体や頭を振ることも、パワフルで聴く人を圧倒するような演奏スタイルとも、全く無縁の人。地味で、自然に手が動くというような弾き方で、聴き手を魅了してしまう人です。

長年お付き合いのあった浅川マキさんには「ちょっと、よくわからない人」、サックス奏者で作曲家としても有名な本多俊之さんにば「違うものを見ている、みんなと同じものを見ていても、この人は違うものを見てるんじゃないかな」と思われている人です。そして、足を組みながらの演奏に驚く私には、「だって、ピアノを弾いているだけだから」と笑いながら言う、dandyな方です。

最後に、渋谷毅、外山明、市野元彦の三人のライブがある前に渋谷さんが書いていた言葉を紹介します。
「とてもいいと思う。と、ひさしぶりに自画自賛。
休みですることがない人などには絶好だと思う。あ、でも、ライブに行って「今日は盛り上がりましょう」なんて考えてる人には向かない。どちらかといえばさびしくなるライブかも知れなくて、でも、音楽はそこからはじまるんだけど、と小さい声でいってみる。」

11月18日、金曜日の夜、仕事が終わった後することがない方は是非、いらしてください
ご予約はルヴェソンヴェール南大沢(042-677-3301)にお電話でお願いいたします。このサイトのメールフォームからも受け付けていますので、是非どうぞ!


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